大判例

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大津地方裁判所 昭和40年(ワ)183号 判決

原告

新地てる子

被告

八木重季

ほか一名

主文

1  被告らは各自原告に対し金一一七万二四八六円およびこれに対する昭和三九年一一月二三日より完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  原告その余の請求を棄却する。

3  訴訟費用はこれを五分しその四を原告の負担とし、その余を被告らの負担とする。

4  この判決は第一項に限り仮に執行することができる。

事実

一、原告の申立

被告らは各自原告に対して金八〇〇万円およびこれに対する昭和三九年一一月二三日より完済に至るまで年五分の割合の金員を支払え。

訴訟費用は被告らの負担とする。

との判決並びに仮執行の宣言

二、被告らの申立

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

三、請求の原因

(一)  訴外亡新地純義(以下亡純義という)は昭和三九年一一月一三日午後一〇時三〇分ごろ訴外北尾太一の運転する原動機付自転車の後部坐席に乗車して京都市左京区田中大久保町東大路通りを南方に向け進行中、被告草津市の事業部長をしていた被告八木の運転する普通乗用自動車(大五す―九七一八号)に後方より追突され、頭骨骨折等の傷害により根本病院に入院加療したが、同月二二日朝、死亡するに至つた。

(二)  右事故は被告八木の過失に基づくものである。

被告八木は前記京都市左京区田中大久保町東大路通りを南方に向け進行中市電大久保町の安全地帯に接触して操従の自由を失い前方の原動機付自転車に乗車していた亡純義に衝突して前記のような傷害を与えたもので亡純義には何ら過失はない。

(三)  しかして右事故は被告八木が被告草津市の事業部長として公務を執行する目的で被告草津市所有の乗用自動車を運転中に生じたもので被告八木はもとより被告草津市も民法第七一五条によりその損害を賠償すべき責任がある。

(四)  本件事故によつて原告のこうむつた損害は次のとおりである。

イ  財産上の損害

(1) 得べかりし利益の喪失による損害

亡純義は死亡当時満六〇才八ケ月で厚生省発表の第九回生命表によれば余命年令は一四年であり、一ケ月の収入は有限会社木屋町ビル取締役社長として金六万円、京都千和工業株式会社取締役として金二万円、中山化学製紙株式会社から金二万円、合計金一〇万円で、生活費月額三万円を控除すると月額七万円であり、これに余命年数一四年を乗じホフマン式計算法により中間利息を控除すると金六九一万七六四七円となり、被告らは同額の損害を賠償すべき責任があるところ、右損害賠償請求権は原告及び四名の嫡出子が相続し共有となつており、原告がこれを管理しているのでその保存行為(民法第二五二条但書)としてこれを請求する。

(2) 治療費

亡純義が前記のような傷害を受け死亡に至るまで原告の支弁した治療に要した費用は金三八万二三五三円で、被告らは同額の損害を賠償すべき責任がある。

(3) 葬祭費

亡純義の葬祭のため原告の支弁した費用は金四〇万円で、被告らは同額の損害を賠償すべき義務がある。

ロ  精神的損害

原告は亡純義の死亡により未亡人となり扶養家族三名の親として全責任を果さなければならぬこととなりその精神的苦痛は甚大でありこれを慰藉すべき金額は金一〇〇万円をもつて相当とするから、被告らは原告に対して同額の損害を賠償すべき責任がある。

(五)  原告は本件事故による被害者として自動車損害賠償責任保険より金五〇万円、ならびに被告草津市より葬祭料として金二〇万円の支払を受けたので、これを前記合計金額より控除し、金八〇〇万円の損害賠償請求のため本訴に及ぶ。

四、被告八木の請求の原因に対する答弁

(一)  請求の原因(一)ないし(三)は認める。同(四)は争う。

亡純義の余命年数一四年が収入可能とみるべきでなく、逸失利益は就労可能年数によるべきである。又有限会社木屋町ビルから受ける収益は亡純義死亡後も残存するものであり同人の死亡による損害とみることはできない。

(二)  請求原因(五)につき、原告が自動車損害賠償責任保険より、金五〇万円受け取つたこと、被告草津市が金二〇万円支払つたことは争わないが、被告八木も金二万円を原告に支払つている。

五、被告草津市の請求の原因に対する答弁

請求原因(一)(二)のうち、被告八木が当時被告草津市の事業部長をしていたこと、亡純義が京都市内で被告八木の運転する乗用自動車による交通事故によつて死亡したことは認めるが過失の有無態様は争う。

同(三)のうち、被告八木の運転していた自動車が草津市の所有であること被告八木が公務執行の目的で運転中であつたとの点は否認する。したがつて被告八木に過失があつたとしても被告草津市に責任はない。

同(四)以下の事実は否認する。

六、証拠 〔略〕

理由

一、亡純義は昭和三九年一一月一三日午後一〇時三〇分ごろ、京都市左京区田中大久保町東大路通りにおいて、被告八木の運転する普通乗用自動車により追突され、同月二二日死亡するに至つたこと、当時被告八木が被告草津市の事業部長であつたことは当事者間に争いがない。

二、被告八木は右事故が、自己の過失によるものであることはその自認するところである。従つて同被告は民法第七〇九条によりその損害を賠償すべき義務あることは勿論である。

三、被告草津市は被告八木に過失があつたとする点につき争うので判断するに、〔証拠略〕を総合すると、被告八木は昭和三九年一一月一三日午後九時五五分頃、普通乗用自動車(大五す九七一八号)を運転して京都市左京区田中大久保町東大路通りを時速約五〇粁で南進中、大久保町市電停留場附近に差しかかつた際、同車は古いため前照灯はやや薄暗く、そのうえ対向車の前照灯に眩惑されたため前方の安全地帯並びに同方向に進行する訴外北尾太一の運転する第二種原動機付自転車の発見が遅れ、自車前部を安全地帯の防護壁に衝突させて右側車体を浮上らせ、同車を左斜めに進行させて前記原動機付自転車の後部に衝突転倒させ荷台に乗車していた亡純義に頭骨々折、頭部外傷の傷害を負わせ同月二二日死亡させたものであること、が認められ右認定に反する証拠はない。

右認定事実によれば、本件事故は被告八木が自車の前照灯がやや薄暗く、かつ対向車の前照灯で眩惑され前方の見とおしが困難であつたのであるから、時速五〇粁という高速度で進行することなく、減速または徐行して進行し前方の安全を十分確認すべき注意義務があつたのにこれを怠り、進行した結果生じたものというべく、被告八木の自動車運転上の過失によるものとみるのが相当である。

次に被告草津市は、被告八木の前記不法行為が被告草律市の「事業の執行につき」生じたものであることを争うので判断するに、〔証拠略〕を総合すれば、昭和三八年八月ごろ、被告草律市は同志社大学が同大学の学園を建設するための敷地を物色していることを聞き、被告草津市としては是非同学園を誘致したいという意向をもつようになり、同志社大学と被告草津市との間で、種々折衝を重ねることとなつていたこと、右の学園誘致は被告八木の担当する事業部商工観光課の所管となつていたこと、被告八木は昭和三九年一一月一三日、上司である被告草津市助役および同市長に同志社大学々園誘致の目的で出張するため出張命令を得ようとしたが、両名共、不在で右出張命令を得ることができなかつたので、出張命令簿に公用車使用欄を丸で囲み出張の目的を「同志社大学学園誘致等に関する件」として記入し、自己の部下に助役の決裁を得ておくよう指示して前記普通乗用車を運転して出発したこと、右自動車については同年八月に大阪市にあるパイン製菓株式会社から被告草津市に現物の提供と寄付採納願が出されたが右自動車は古くて維持費に相当額を要することが考えられたので当時の市長木村太一郎は寄附の採納につき決裁を留保してなお調査検討するよう部下に指示していたところ、その間右自動車は被告草津市役所構内において事業部商工観光課が保管し助役や同課々長その他市職員が時折利用していたこと、したがつて右自動車の所有名義は依然としてパイン製菓株式会社であつたこと、被告八木は前記昭和三九年一一月一三日午後六時ごろ右自動車を運転して同志社大学へ行き、上野学長および駒井総務部長を尋ねたが、不在であつたので、右自動車を同大学図書館付近に駐車させ、夕食に出かけ再び右普通乗用自動車で帰宅に向う途中、前記場所で本件事故を惹起するに至つたことが認められ、右認定に反する証人南井宗左衛門、同中野宗之進の各証言の一部はたやすく措信できず他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

右認定事実についてみると、被告八木の本件自動車運転行為自体は本来の職務行為とはいえないけれども同志社大学々園誘致という事業部長としての職務行為を執行するために、被告草津市において、約三ケ月前から保管していた未だ被告草津市の所有でない前記普通乗用自動車を運転したものであるから、被告八木の右自動車運転行為は前記職務行為に附随してなされたものであり、その外形から判断して客観的に観察するならば職務行為の範囲内に属するものとみるのが相当である。そして民法第七一五条の「事業の執行につき」というのは広く被用者の行為の外形をとらえて客観的に観察したとき、いやしくもそれが被用者の職務行為の範囲内に属するものである以上、仮に被用者の行為が固有の業務を離れたものであつても、その結果惹起された損害は使用者の事業の執行につき生じたものと解するのが相当である。

そうすれば被告草津市も使用者として被告八木が第三者に加えた損害を賠償すべき義務を免れない。そして被告両名の右賠償義務はいわゆる不真正連帯の関係に立つものといわねばならない。

四、そこで原告のこうむつた損害の額につき考察する。

(一)  得べかりし利益の喪失による損害

〔証拠略〕を総合すると、亡純義は昭和三五年に関西電力株式会社を停年で退職し、退職金その他を合わせて、京都市内に木屋町ビルを建設し、会社組織による貸ビル業を始め、出資者として本件事故当時月額六万円の収入があつたこと、同人死亡後も原告がその出資者としての地位を承継し同額の収入を得ていること、亡純義は昭和三七年以降中山化学製紙株式会社の相談役として稼動し、本件事故当時少くとも月額二万円以上の収入を得、将来同人が死亡するまで同額以上の収入が得られることが十分予想せられていたこと、さらに同人は昭和三八年四月から京都千和工業株式会社の取締役をしていたが、本件事故当時同会社は営業不振で利益がなく、したがつて同人には収入がなかつたこと、現在は同会社は休業状態で再建の見込もないことが認められ、右認定に反する証拠はない。

以上の事実からすれば、亡純義の貸ビル業による収入は同人の死亡によつて消滅せず、原告に承継されたものであり、また京都千和工業株式会社の取締役としての収入は同会社が休業状態に陥り再建の見込もない以上利益分配も報酬も期待できないから将来も収入はないものとみるのが相当であり、結局同人の死亡による得べかりし利益は中山化学製紙株式会社から得べき月額金二万円のみであるといわねばならない。そして亡純義の月額生活費は金三万円であることを原告は自陳するところであるから結局亡純義の得べかりし利益は存しないものと見るの外はない。

(二)  治療費

〔証拠略〕によれば、亡純義が前記のような傷害を受け死亡するに至るまで治療に要した費用は金二五万九一五二円であること、右費用は原告において支出したことが認められ右認定に反する証拠はない。従つて原告は同額の損害を蒙つたことが明らかである。

(三)  葬祭費

〔証拠略〕によれば、亡純義の葬祭のため要した費用は約三〇万円であること、原告において右費用を支出したことが認められ右認定に反する証拠はない。従つて原告は同額の損害をこうむつたことが明らかである。

〔証拠略〕によれば、右認定のほか原告が内職として営んでいたお好み焼営業が亡純義の入院並びに死亡によつて休業したことにより金一六万一二五〇円の損害をこうむつたことが認められるが、これは本件事故による損害とみるべきものではない。

(四)  精神的損害

〔証拠略〕によれば、亡純義の相続人として原告および子四人いること、原告と亡純義は昭和四年ごろ婚姻し、以来亡純義が本件事故によつて死亡するまで三五年余生活を共にし、その間子四人を儲けて平穏な生活を営んできたもので、本件事故当時亡純義は極めて健康であつたのに突然の不慮の死によつて一家の支柱を失い、原告の受けた精神的苦痛はまことに多大であることが認められ右認定に反する証拠はない。

以上の事実と弁論にあらわれた諸般の事情を斟酌すれば、原告の右精神的苦痛が慰藉されるための賠償額は金一〇〇万円と認めるのが相当である。

五、原告が自動車損害賠償責任保険より金五〇万円の支払を受けたこと、被告草津市が葬祭料として金二〇万円を原告に支払つたことは当事者間に争いがなく、原告本人尋問の結果によれば被告八木が、原告に入院中の見舞金として金二万円を支払つたことが認められ、右認定に反する証拠はない。そして、右の中金二〇万円については前記葬祭料からこれを控除すること、自動車損害賠償責任保険より支払を受けた金五〇万円については、原告は右の中妻として法定相続分である三分の一に当る金一六万六六六六円を相続したものというべく、これを前記慰藉料より控除すること、被告八木の支払つた金二万円については前記治療費より控除することを夫々相当とする。

六、原告は本件における損害賠償請求は相続財産の管理人としてその保存行為に基づく(民法第二五二条但書)ものであると主張するが、相続財産が金銭債権である場合は相続開始と同時にその相続分に従つて各相続人に承継されるもので、民法第二五二条但書の適用をみないことはいうまでもないから、右主張は理由がないものといわねばならない。

七、そうしてみると、原告が本件事故により蒙つた物質的精神的損害の総額は結局金一一七万二四八六円であるから、被告らは各自これが賠償を為すべき義務あるものというべく、よつて右金額およびこれに対する本件不法行為の後であること明らかな昭和三九年一一月二三日以降完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において原告の本訴請求を正当として認容し、その余の請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第八九条、第九二条仮執行の宣言につき同法第一九六条第一項を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 畑健次 畠山芳治 首藤武兵)

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